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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)310号 判決 1997年11月18日

大阪府門真市大字門真1006番地

原告

松下電器産業株式会社

同代表者代表取締役

森下洋一

同訴訟代理人弁護士

松尾和子

同弁理士

大塚文昭

竹内英人

滝本智之

須田洋之

三木友由

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

鈴木匡明

木南仁

吉村宅衛

小池隆

主文

特許庁が平成5年審判第18121号事件について平成8年9月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年3月5日、名称を「回路基板」とする発明(以下「本願発明」という。)、につき特許出願(昭和59年特許願第41502号)したが、平成5年7月15日に拒絶査定を受けたので、同年9月24日に審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成5年審判第18121号事件として審理した結果、平成8年9月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年11月5日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨

四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板において、この基板の一表面上に銅箔よりなる複数のストリップ線路部が所定の間隔を隔てて配置され、少なくとも前記ストリップ線路部表面の大部分を半田層で覆っていることを特徴とする回路基板。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

<1> 特開昭52-27557号公報(昭和52年3月1日出願公開。以下「引用例1」という。)には、「絶縁基板上に銅箔等によって回路網を形成したプリント板、多層配線基板等」において、「一般にはこれらの回路網の酸化防止、電流容量増大等の目的からその表面に半田被覆層が設けられている。」という記載がある。(1頁左下欄)

<2> 特開昭53-52264号公報(昭和53年5月12日出願公開。以下「引用例2」という。)には、フッ素樹脂である「テフロン」に関して、「テフロンは、半田付着を望まない部分を効果的にマスクする形状に容易に加工でき、しかも半田にはぬれにくい、熱に耐える、機械的強度が大きくたわみにくい、など半田付マスクとして使用するのに格別好ましい性質を有している。」と記載されている。(1頁右下欄12~16行)

(3)  対比

一表面上に銅箔よりなる複数のストリップ線路部が所定の間隔を隔てて配置される高周波回路用基板自体は、本願明細書にも従来例として記載されているが、周知であると認められる。

そこで、本願発明とこの周知の高周波回路用基板を比較すると、両者は、「高周波回路用基板において、この基板の一表面上に銅箔よりなる複数のストリップ線路部が所定の間隔を隔てて配置されている回路基板」である点で一致し、<1>高周波回路用基板の材質を、本願発明は、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなるものに限定する点(以下「相違点<1>」という。)、及び、<2>本願発明は、少なくとも前記ストリップ線路部表面の大部分を半田層で覆うものである点(以下「相違点<2>」いう。)で、前記周知の高周波用回路基板とは相違する。

(4)  判断

<1> 相違点<1>について

四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板は周知であるので(特開昭53-149751号公報参照)、高周波回路用基板の材質を、このような周知のものに限定することは、当業者における単なる設計事項にすぎないものと認められる。

<2> 相違点<2>について

回路基板上に形成された回路網の銅箔の酸化防止、電流容量増大等のために、その表面を半田被覆層で覆うことは、前記引用例1に記載されている。それ故、前記周知の高周波回路用基板についても、酸化を防止するために前記ストリップ線路部表面の大部分を半田層で覆うことは当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。

そして、フッ素樹脂たとえば四フッ化エチレン樹脂を含む高周波回路用基板に、前記引用例1に記載の公知の半田技術を適用すれば、本願発明と同一の構成となる以上、同一の効果を奏することは明らかである。しかも、フッ素樹脂を用いれば、溶融した半田をはじくということは当業者には予測されたことにすぎない。(前記引用例2、及び、平成5年5月28日付の出願人の意見書4頁参照)

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、一表面上に銅箔よりなる複数のストリップ線路部が所定の間隔を隔てて配置される高周波回路用基板が周知であること及び一致点の認定は認めるが、その余は争う。同(4)、(5)は争う。

審決は、相違点<1>及び<2>についての判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点<1>についての判断の誤り(取消事由1)

<1> 審決が周知例として引用する特開昭53-149751号公報(甲第5号証)は、従来技術のストリップ線路においては、共振周波数のずれが大きく、このずれをローディングコイルのみでは充分調整できないため、ストリップ線路をUHFチューナ用基板に応用できない、という問題があったので、このストリップ線路をUHFチューナ用の基板に応用することができるようにすることを意図して得られた発明を開示するものである。甲第5号証では、従来技術のストリップ線路の問題の原因を、基板構成材料である誘導体の「厚みのバラツキ」にあるとし、その厚みのバラツキを減少させるために、所定の成形収縮率、誘電損失を有する材料を用いて、所定の板厚精度を有する誘電体を作成する工程と、この誘電体面の所望部分に変成ゴム系接着材の焼付け層を所定の厚さに形成する工程と、この接着材焼付け層をクロム酸-硫酸混合液で処理した後、少なくとも化学メッキを施して所望のマイクロストリップ導体及び基板導体を同時に形成する工程を有するマイクロストリップ線路の製造方法を提案するものである。そして、所定の形成収縮率、誘電損失を有する耐熱性樹脂の単なる一例として、四フッ化エチレン樹脂にガラス繊維を充填する樹脂を例示しているにすぎない。このことから分かるように、甲第5号証では、四フッ化エチレン樹脂は、他の樹脂と同様に、「所定の形成収縮率、誘電損失」を有する点に着目して、これを使用しているにすぎない。

<2> そして、仮に、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板が周知であったとしても甲第5号証は、本願発明におけるように、銅箔による複数のストリップ線路に、酸化を防止するために半田メッキを施す場合の課題、及びその課題を解決する手段として、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ樹脂からなる高周波回路用基板を採用することを開示していないし、またその点を示唆していない。

<3> したがって、相違点<1>につき、「高周波回路用基板の材質をこのような周知のものに限定することは、当業者における単なる設計事項にすぎない」(甲第1号証4頁17行ないし19行)とした審決の判断は誤りである。

(2)  相違点<2>についての判断の誤り(取消事由2)

<1> 引用例1(甲第6号証)に開示された回路は、マイクロストリップ線路とは異なる通常のプリント回路である。通常のプリント回路では、回路の各線路間の間隔がマイクロストリップ線路における間隔よりはるかに大きい。また、回路の各線路は特性としては電流容量の増大が求められるのみで、マイクロストリップ線路におけるように厳密な寸法精度を特性上要求されるものではない。したがって、引用例1の発明においては、「回路網の酸化防止、電流容量増大等の目的からその表面に半田被覆層が設けられている」のである。

上記のとおり、引用例1は、通常のプリント回路のように線路間の間隔が比較的大きく、線路の寸法精度もさほど重要でない回路に適用できる技術を開示するにすぎず、複数の銅箔のストリップ線路が所定の間隔(通常のプリント回路と比べると、二桁もオーダーが低い、きわめて狭い間隔である)を隔てて配置された高周波回路において、半田の被覆層を設けることは、ストリップ線路の短絡、あるいはその伝送特性の変化により到底使用に耐える回路を得ることができないと考えられていたことを解決する手段を開示するものではない。

<2> 審決は、「四フッ化エチレン樹脂を含む高周波回路用基板に、前記引用例1に記載の公知の半田を適用すれば、」(甲第1号証5頁10行ないし12行)と、両者の組み合わせを前提にしているが、何故、両者の組み合わせが容易であるといえるのか、審決はその根拠を何も示していない。引用例1は勿論、引用例2(甲第7号証)及び周知例にも、これら公知技術の組み合わせを思いつく動機を与える記載ないし示唆が全くないのであるから、両者を組み合わせれば本願発明が得られるという判断は失当である。

<3> 引用例2(甲第7号証)は、四フッ化エチレン樹脂が半田をはじく性質があることを開示している。しかし、引用例2の発明は、四フッ化エチレン樹脂を半田層形成のためのマスク部材である治具に使用しているもので、四フッ化エチレン樹脂の特性を本願発明と同様に利用しようとしているものではない。引用例2の発明では、カバー部が四フッ化エチレン樹脂であることと、セラミック部材の一部をマスクすることとの間に作用的な関連性はない。この点で、引用例2の発明は、四フッ化エチレン樹脂が半田にぬれにくいという特性を基板への付着防止に利用したものではない。

上記のとおり、引用例2の開示は、本願発明の技術思想と何らの関運もない。

<4> 以上のとおりであって、相違点<2>の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

審決は、甲第5号証を引用して、「四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板は周知である」ことを示している。なお、甲第5号証には、その発明の名称等からも明らかなように、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板において、さらに、この基板の一表面上に銅箔よりなる複数のストリップ線路部が所定の間隔を隔てて配置される回路基板であることも開示されている。

そして、テフロン(物質名ポリテトラフルオロエチレン、すわなち四フッ化エチレン樹脂)は半田にぬれにくいという性質があることは、甲第7号証(引用例2)及び原告(出願人)の平成5年5月28日付意見書(乙第1号証)4頁の記載から把握できるように、広く知られていた事実であるから、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなる高周波回路用基板が溶融した半田をはじくということは当業者には当然に予測されたことである。

また、甲第6号証(引用例1)に示されるように、酸化防止、電流容量増大等の目的から銅箔の表面に半田被覆層が設けられることが一般であり、この半田被覆層を設ける場合、半田が意図した箇所以外の場所に拡がらないように配慮することは当然である。

審決は、上記の各事項を斟酌することにより、一般である半田被覆層を設ける回路基板の材質として、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなるものに限定することは設計事項であるとしたものであり、したがって、当然に、高周波回路用基板の材質を四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなるものとすることと、ストリップ線路部の表面を半田層で覆うこととの関係を考慮した上で、設計事項であると判断したものである。

(2)  取消事由2について

酸化防止等の目的から銅箔の表面に半田被覆層が設けられる以上、ストリップ線路の一部を覆うことで酸化防止等の目的を達成することが不十分であれば、酸化防止等の目的効果を達成するために、酸化防止等を行う部分の大部分を半田層で覆うことは技術的に当然の策である。

したがって、「酸化を防止するために前記ストリップ線路部表面の大部分を半田層で覆うことは当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。」(甲第1号証5頁7行ないし9行)とした審決の判断に誤りはない。

なお、審決において、「四フッ化エチレン樹脂を含む高周波回路用基板に、前記引用例1に記載の公知の半田技術を適用すれば、」とした点は、本願発明の作用効果を判断する前提に関するものであって、このことは、相違点<1>及び相違点<2>について検討し本願発明の容易推考についての判断を行った後に記載されていることからも明らかである。

また、四フッ化エチレン樹脂は半田にぬれにくいという性質があることは、前記のとおり公知の事項として把握できるから、高周波回路用基板の材質としてフッ素樹脂たとえば四フッ化エチレン樹脂を用いれば、溶融した半田をはじくということは当業者には予測された作用効果にすぎない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3の各事実、並びに、引用例1及び引用例2に審決摘示の各事項が記載されていること、本願発明と周知の高周波回路用基板との一致点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証ないし甲第4号証によれば、本願発明は、「SHF衛星放送受信装置に用いられるSHFコンバータをはじめとする高周波機器等に用いられる回路基板に関するもので、マイクロ波ストリップ線路を形成したフッ素樹脂を用いた配線基板に関したものである。」(甲第2号証2頁2行ないし6行)こと、「ストリップ線路は10GHz以上のマイクロ波領域で使用されるため、導電帯表面のうず電流が流れた時に表面の酸化による電流の損失が問題になる。このため、従来、ストリップ線路を形成したマイクロ波回路配線基板の表面をガラス薄膜やフッ化樹脂の薄膜で覆うかあるいは導電部に金めっきを施こして導電部表面の酸化を防止していたが、これらの方法はそれぞれ焼きつけ、スパッタ、めっき等特別の工程を必要とし、複雑な処理を必要とするので、量産性に問題がある。」(同2頁16行ないし3頁5行)ことから、本願発明は、「上述のような複雑な処理を必要とせずに導電部表面の酸化を防止するための量産性に富む配線基板の構造を有する回路基板を提供することを目的としている。」(同3頁7行ないし10行)ものであること、「高周波回路基板においてたとえばSHF衛星放送受信機用のダウンコンバータを作製する場合、10GHz以上の信号で動作する各要素回路を形成するために複数のストリップ線路により形成される間隙寸法は無アルカリガラスファイバ繊維に四フッ化エチレン樹脂を含浸させた基板(略)ではおよそ60μm程度になる。このように狭い間隔を持つ銅箔よりなるストリップ線路上に半田によりメッキを施そうとした場合従来では、半田がこの間隙を埋(め)てしまい、電気的短絡状態となると考えられていた。さらに、無アルカリガラスファイバ繊維を編むことにより、配線基板の材料とした構造は編目部分のファイバの重なりに起因する凹凸が生じ、この凹凸が半田メッキに対して、不均一な部分を生じさせるため、半田メッキには不適当な基板材料であると考えられていた。」(甲第2号証4頁19行ないし5頁9行及び甲第3号証2頁8行ないし13行)こと、本願発明の発明者は、「フッ素樹脂例えば四フッ化エチレン材料は半田との親和性にきわめて乏しく、溶融した半田をはじく性質があり、30μm程度の厚みを持つ銅箔により形成された二つのストリップ線路間の間隙が30μm以上であれば、この間隙をほぼ保持して銅箔の表面に半田めっきを行なうことができることを発見し」(甲第2号証5頁10行ないし16行)、前示要旨のとおりの本願発明を得るに至ったものであること、さらに、「銅箔(略)間の間隙に面した銅箔の端面に半田が付着すると、間隙間の距離が変化して間隙で形成される電気的容量の値が変化し、その結果、この間隙を利用して形成される高周波要素回路の諸定数が変化すると考えられるが、(略)基板(略)として四フッ化エチレンを用いた場合には、回路定数の変化がほとんどないことを見い出した。」(同5頁17行ないし6頁4行)こと、そして、本願発明の回路基板を用いると、「非常に簡便な方法により基板上の導電箔の酸化を防止することができ、回路の安定性を長期間にわたって向上させることができる。また、従来、高価な材料あるいは処理装置を必要とした複雑な工程を一切必要とせず、量産性を大幅に向上させることができる。」(同6頁18行ないし7頁4行)こと、以上の事実が認められる。

3  取消事由1について

(1)  審決が相違点<1>の判断に当たり引用した周知例(甲第5号証)には、「マイクロストリップ線路の製造方法」が記載され、発明の詳細な説明の項には、「従来のマイクロストリップ線路は銅張積層板から出発して選択的エッチングによりストリップ導体、基板導体を形成する方法が行なわれている。しかしながら、この方法により得られたマイクロストリップ線路は共振周波数のずれが大きく、このずれをローディングコイルのみでは十分調整できないため、このマイクロストリップ線路をUHFチューナ用基板に応用できなかった。」(1頁右下欄8ないし16行)、「銅張積層の製作は基材への樹脂含浸、乾燥、裁断、重ね合せ、プレスの各工程により造られるため、その積層体(誘電体)の誘電率、厚みにバラツキを生じること、並びにエッチング処理を長時間要するために銅箔が過侵蝕されてストリップ導体、基板導体の厚みにバラツキを生じること、とりわけ前記誘電体の厚みのバラツキによって、上記共振周波数の大巾なズレを招くことを究明した。」(1頁右下欄20行ないし2頁左上欄8行)、「所定の成形収縮率、誘電損失を有する耐熱樹脂から所定厚み精度の誘電体を作成し、この誘電体からメッキ下地としての接着剤焼付層を所定厚みとするアデイテイプ法を採用してストリップ導体、基板導体を同時に形成することによって、共振周波数のずれをローディングコイルで充分調整し得る範囲内に抑制でき、良好な画像を形成できるUHFチューナ用基板に好適なマイクロストリップ線路の製造方法を見い出した。」(2頁左上欄10ないし19行)、「上述した所定の成形収縮率、誘電損失を有する耐熱性樹脂としては、(略)、四弗化エチレン樹脂、(略)などの熱可塑性樹脂100重量部に上記充填物を20~60重量部配合したもの等を挙げることができる。」(2頁左下欄12行ないし右下欄6行)と記載されていることが認められる。

上記のとおり、甲第5号証には、従来のマイクロストリップ線路は共振周波数のずれが大きく、このずれをローディングコイルのみでは調整できなかったこと、その原因は特に積層体(誘電体)の厚みのバラツキにあること、したがって、所定の成形収縮率、誘電損失を有する耐熱樹脂から所定厚み精度の誘電体を作成し、その後所定の製造工程を経ることによって、共振周波数のずれをローディングコイルで十分調整し得る範囲内に抑制できるマイクロストリップ線路が得られたことが記載され、四フッ化エチレン樹脂は、所定の成形収縮率、誘電損失を有する耐熱性樹脂の1例として挙げられているものであることが認められる。

ところで、前記2項に認定のとおり、本願発明は、高周波回路用基板上に所定の間隔を隔てて配置された銅箔よりなる複数のストリップ線路を半田層で覆うために、高周波回路用基板の材料として四フッ化エチレン樹脂を選択したものと認められるところ、甲第5号証には、高周波回路用基板上のストリップ線路を半田層で覆う際の問題点ないし課題については記載も示唆もされていない。そして、本願発明において、ストリップ線路部表面の半田被覆と基板材料として四フッ化エチレン樹脂を選択することとは技術的に相互に関連した構成であるから、相違点1の判断に当たっても、この構成要件相互の関係を検討する必要があるものというべきである。

そうだとすると、仮に、高周波回路用基板の材料として四フッ化エチレン樹脂自体が周知であるとしても、本願発明の課題を解決するべく、基板材料として四フッ化エチレン樹脂を選択することが当業者における単なる設計事項にすぎないものとは認められない。

(2)  被告は、審決は、周知例及び引用例1、2に記載の事項を斟酌することにより、一般である半田被覆層を設ける回路基板の材質として、四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなるものに限定することは設計事項であるとしたものであり、したがって、当然に、高周波回路用基板の材質を四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維からなるものとすることと、ストリップ線路部の表面を半田層で覆うこととの関係を考慮して判断している旨主張する。

しかしながら、周知例(甲第5号証)には、基板材料と半田層との関連については記載されていない。そして、引用例1及び引用例2は、高周波回路用基板上に所定の間隔を隔てて配置された銅箔よりなる複数のストリップ線路部表面に半田層を用いる場合の課題を提示しておらず、その課題を解決する手段を開示ないし示唆しているものとは認められない。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、相違点<1>についての審決の判断は誤りであり、取消事由1は理由がある。

4  取消事由2について

(1)  引用例1(甲第6号証)には、「周知のように、電子装置の小型化あるいは信頼性向上のために絶縁基板上に銅箔等によって回路網を形成したプリント板、多層配線基板等が広く使用されている。(略)この半田被覆層形成の方法としては、(1)溶融状態の半田層にプリント板を浸漬し、回路網に半田を附着させる方法、(2)回路網上にあらかじめ半田ペーストを印刷した後、この半田ペーストを焼成して半田層を形成する方法、等が知られている。しかし、前者の方法では(略)、配線基板の下部に向かうにしたがって半田層が厚くなる欠点がある。また、後者の方法では(略)、焼成後の半田層の厚さが均一とならない欠点がある。したがって、本発明の目的は配線基板の回路網上に均一な厚さを有する半田等の鉄材保護層を形成することにある。」(1頁左下欄11行ないし右下欄14行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1に開示されたプリント板、多層配線基板等に形成された回路網は通常のプリント回路であり、従来の半田被覆層の形成方法によれば、半田層の厚さが均一にならない欠点があることから、引用例1の発明は、均一な厚さを有する半田層を形成することを目的とするもの、すなわち、プリント板、多層配線基板等に形成された通常のプリント回路の回路網上に半田層を設ける技術を前提として、半田層を設ける方法についての改良を技術課題としているものと認められる。

引用例1に「一般にはこれらの回路網の酸化防止、電流容量増大等の目的からその表面に半田被膜層が設けられている。」(1頁左下欄15行ないし17行)という記載があることは、当事者間に争いがないが、引用例1には、回路網に半田被覆を行うこと自体について検討したことの記載はなく、高周波回路用基板上に所定の間隔を隔てて配置されるストリップ線路部表面の半田被覆についての課題に関しては何ら記載されていない。

ところで、前記2項に認定の事実からも明らかなとおり、所定の間隔を隔てて配置された複数の銅箔のストリップ線路上に半田被覆を施すと電気的短絡状態が生じ、あるいはその伝送特性の変化が予想されるところから、半田被覆の使用は疑問視されていたのであるから、上記のようなストリップ線路に対して半田被覆を実施しようとすることは、引用例1の発明から容易に想到し得ることではないものというべきである。

(2)  次に、引用例2(甲第7号証)には、フッ素樹脂であるテフロンに関して、「テフロンは、半田付着を望まない部分を効果的にマスクする形状に容易に加工でき、しかも半田にはぬれにくい、熱に耐える、機械的強度が大きくたわみにくい、など半田付マスクとして使用するのに格別好ましい性質を有している。」(1頁右下欄12ないし16行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。また、引用例2(甲第7号証)には、「本発明は、例えば半導体装置用パッケージに選択的に半田を付着させるために使用するに好適な改良された半田付方法に関するものである。」(1頁左下欄13行ないし15行)、「本発明の特徴の1つは、テフロン製のカバー治具で半田付着を望まない部分をマスクする点にある。」(1頁右下欄10行ないし12行)と記載されていることが認められる。

上記のとおり、引用例2は、テフロン(四フッ化エチレン樹脂)が半田にぬれにくい性質であることを開示しているが、引用例2の発明においては、テフロンは半田付着を望まない部分をマスクするカバー治具の材料として使用されており、基板上の配線部表面の半田付けに関して、四フッ化エチレン樹脂が半田にぬれにくい性質であることを利用することを示唆するものではない。

ところで、本願発明は、回路基板に四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維の基板を用いて、所定の間隔を隔てて配置された複数のストリップ線路に対して半田被覆を可能にしたものであるから、単に引用例2に四フッ化エチレン樹脂が半田にぬれにくい性質であることが開示されているからといって本願発明の作用効果を予測することができたとはいえない。

しかして、仮に、「四フッ化エチレン樹脂を含む高周波回路用基板に、前記引用例1に記載の公知の半田技術を適用すれば、本願発明と同一の構成となる」(甲第1号証5頁10行ないし13行)としても、四フッ化エチレン樹脂を含む高周波回路用基板に所定の間隔を隔てて配置されたストリップ線路に、引用例1に記載の公知の半田技術を適用することが容易に想到し得ることとは認められないから、本願発明の作用効果の予測性についての審決の判断は誤っているものというべきである。

(3)  被告は、相違点<2>についての審決の判断の正当性について主張するが(事実摘示欄第3、2(2))、本願発明が、高周波回路用基板上の所定の間隔を隔てたストリップ線路を対象とし、回路基板の材料を選択して半田被覆を可能にしたものであることを考慮すると、本願発明の構成要件である、回路基板に四フッ化エチレン樹脂を含むガラスファイバ繊維の基板を用いること複数のストリップ線路が所定の間隔を隔てて配置されていること、その表面の大部分を半田層で覆っていることは互いに関連しているものというべきであり、したがって、各構成要件の比較検討に当っても構成要件相互の関係を考慮すべきであって、この検討を怠った審決の判断は誤りであるといわざるを得ず、被告の上記主張は採用できない。

(4)  以上のとおりであって、相違点<2>についての審決の判断は誤りであり、取消事由2は理由がある。

5  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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